氷室京介のなんでも情報
氷室京介のなんでも情報
・1994年、一時期、自律神経失調症などと診断されるようにもなっていた氷室京介は、
自身の希望により家族とロサンゼルスに渡米。
エンターテイメントやロックの長い歴史や風土の中、
自分を全く知らない人たちの中で、本来の自分を取り戻した。
・氷室京介は自分でついラジオで本名を言ってしまったり、
何の疑いもなくWebサイトにメールアドレスを載せてしまったりしたことがある。
(もちろんサーバーは一時パンクしアドレスは変更された)
・雑誌・ラジオに氷室京介は比較的多く出演しているが、
「テレビ嫌いである」と公言しているため、出演をしないスタンスを取る。
BOWY時代も氷室京介のTV出演は全国的にブレイクした頃の短期間に限られていたが、
ソロになってからも『FLOWERS for ALGERNON』が
「ベストアルバム賞」を受賞したときの日本レコード大賞、
HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP、めざましテレビに出演した程度だった。
・氷室京介の露出が少ない分、近寄りがたいイメージが一般的には浸透していたが、
決して口数が少ないというタイプではない。
ただ氷室京介の「今後も出ないと思います」とのコメント通り、
その後もTVとは一定の距離を置いている。
・最近はポッドキャストで自宅のスタジオから無報酬で嘘のない思いを発信するなど
氷室京介は音楽以外のところでも若い人たちとの交流を試みている。