氷室京介の概要
1982年、氷室狂介の名前でグラムロック~パンク・ロック~ニューウェーブに
影響を受けたロックバンドのヴォーカリストとして
アルバム『MORAL』で再デビューを果たす。
・システムに組み込まれないという氷室京介の価値観と性急なまでの縦ノリビートが
当時、二十歳前後の若者に絶大なる支持を得て、
日本独自のビート系ロックバンドとして、それ以後、解散までの約6年間に、
氷室京介は日本のロック界ではまだ有り得なかった数々の伝説を残した
(音楽評論家の間では、よく「BOWY以前、BOWY以後」と表現された)。
1988年ソロデビュー後も氷室京介独自のロック美学と圧倒的なライブパフォーマンスが
カリスマ的に多くのフォロワーや業界関係者に影響を与える。
バラッドでの声の広がり、音程など、氷室京介の歌唱技術にも定評がある。
1994年ロサンゼルスに創作拠点を置いて以後、マスメディアへの露出は更に減ったが、
日本でライブコンサートを開けば驚くほどの数のファンが集まる。
ロサンゼルスという環境を生かして凄腕の外国人エンジニア、アーティスト、
ミュージシャン等に自らオファーを出し、
氷室京介自らをプロデュースするという形をとっている。
またクロムハーツとコラボレートするなど氷室京介は
ファッションにもこだわりを見せている。